『華氏911』は支離滅裂か?

macska さんの批判的レビュー。

http://macska.org/index.php?p=26

華氏911』まだ見てないので(日本語字幕付きじゃないと見てもわからないですけど)なんとも言えない部分も多いのですが、そうでない部分に関連した感想を。

この映画に対する批判のスタンスとしては町山さんのレビュー([id:TomoMachi:20040625])が先回りして反論している「映画としての出来」や「ジャーナリズムの中立性」とは別に、「反戦のメッセージが弱い」というのがありえます。これについてはムーア自身反戦映画ではないと言ってるそうなので見当違いの指摘とか言われそうですが、『華氏911』のブッシュ批判が「アメリカの国益のため」の愛国的メッセージであるならば、アメリカ国民でない僕たちにとってどういう意味を持つのか、ていうか意味があるのか?

日本人、というか非アメリカ人の立場から見ればイラク攻撃は、

  • 人道的見知
  • 攻撃に至るプロセスの正当性
  • 個別の作戦行動の妥当性

という観点からしか批判できないと思います。そしてそういう観点からさまざまな批判や反戦運動が繰り広げられてきたのですが、結局それではイラク攻撃を止められなかったという事実があります*1

アメリカが「テロとの戦争」を錦の御旗にしてこれ以上無用な戦争を繰り返さないためには、今、アメリカの有権者の手でブッシュを倒すしかないというのが事実なんでしょう。だとしたら「アメリカの国益」という観点でアメリカ国民に訴えるのが最善の方法であり、ムーアはそれを選択したということではないでしょうか。

このような選択をすれば映画にこめられたメッセージからは思想的な普遍性は欠落してしまいます。批判は「ブッシュの」「イラク攻撃」という限定された対象を越えた力をもたないでしょう。非アメリカ人にしてみれば、『華氏911』自体には意味がなく、それがもたらす結果(ブッシュが退陣するか再選するか)のみに意味がある、ということになるかもしれません。

もっとも、仮に僕にとって『華氏911』の内容に意味がないとしても、これを作ったムーアの生き様、戦いぶりに僕は感動せずにはいられないのです。僕が町山氏のレビューで泣けてきたのはこの部分です。

ゴダールベトナム戦争のとき、散々騒いだけど結局戦争を止められなかったじゃないか。
いや、ベトナム戦争の時、世界中であれだけの芸術家や学者がよってたかってアメリカを撤退させようとしたが、結局できなかったじゃないか。
でも、もしかしたら、一人の男が作ったたった一本の映画が大統領の暴挙を止めることができるかもしれないのだ。
一本の映画が、何百何千という人の命を救うかもしれないのだ。
歴史上、多くの宗教家や哲学家や芸術家やロックミュージシャンが戦争に反対してきたが、
実際に止めることに成功した人はどれほどいるのだろうか?
でも、もしかしたらそれが初めて実現するかもしれないのだ。

ブッシュとゴアが争った2000年のあの大統領選で、ムーアはラルフ・ネーダーの選挙運動に参加していました。世論調査でブッシュとゴアが互角になりブッシュ当選の可能性が出てきた時に、ムーアはとんでもない提案をしました。ネーダー自ら「フロリダ州のネーダー支持者はゴアに投票せよ!」と訴えろというのです*2。ネーダーの得票率は良くて 5%、悪くて 2%。しかしこの選挙はその程度の微差が勝敗を決定する*3と見たムーアは、ブッシュ当選という最悪の事態を断固阻止するためにこんな提案をしたのです。しかしネーダー陣営はこれを受け入れませんでした。そんなことをすれば支持者との信頼関係を壊しかねない、ゴアが約束を守るという保証がない、という理由(以上『アホでマヌケなアメリカ白人ASIN:476012277X より)。

こういうムーアの目の前の問題だけに愚直なまでに全力を注ぎ込むところが僕は好きだし、そうすることでしか変えられない事があるとも思います。『華氏911』もそうです。仮に macska さんの批判が全て当たっていたとしても、ムーアがそれしかないと信じた上でやっている事なら、僕には(少なくとも今)とやかく言うことはできません。だって、今の僕にはもっといいやり方を提案することも実行することもできないもの。


*1:もっとも人道的見知という点については開戦前の時点では攻撃の非人道性はリアルじゃなかったせいもあるかも。ハイテク兵器を駆使すれば敵味方とも最小限の犠牲で戦えるという楽観的な見通しもあったし(フセインバース党幹部をピンポイントで殺害できていたら実際そうなったかもしれない)、戦後も独裁者フセインを倒してくれた解放軍として歓迎されて占領軍も安泰と考える人も多かったから。

*2:正確には票を流すのと引き替えにゴアにネーダー側の公約を受け入れさせた上でこれを実行するというもの。ゴアが公約を守れば事実上ネーダーの勝利になる。

*3:実際には投票数の 0.009% という微差でした。そしてネーダーの得票率は 1.6% でした。