『戦争における「人殺し」の心理学』ほか

デーヴ・グロスマン『戦争における「人殺し」の心理学』ISBN:4480088598読了。おもしろかったです。著者は20年間兵士として軍に所属した軍人でもあり(但し直接の殺人経験はなし)、大学で歴史学、大学院で心理学を専攻した大学の軍事学教授。

内容はタイトルそのまんまで、戦争で人を殺す兵士の心理をモデル化し、戦場で起こる様々な現象を分析するものですが、国家でも市民でもない兵士の立場から見た戦争論としても面白いし、何より提示される事実が常識だと思っていたことと全然違うのでびっくりしました。

  • 戦場に行けば当たり前のように人を殺せるようになる
  • 自分が殺されそうになれば人は殺せる
  • 帰還兵がPTSDになるのは命が危険にさらされたから
  • ベトナムでは多くの米兵が戦闘中に精神障害になった

これ、全部嘘です。第二次大戦までは兵士の発砲率は2割弱で、約8割の兵士が殺人への抵抗からまともに発砲していなかったというのです。人間には(おそらく生得的に)同種の生物を殺すことへの強い抵抗感があり、戦争の歴史はこれを乗り越えるため(乗り越えさせるため)の様々な創意工夫の歴史でもあるというのがグロスマンの持論です。

第二次大戦後は目の前の動く的を反射的に撃てるようにするオペランド条件付けによる訓練が普及し、兵士の発砲率は劇的に改善、米軍の場合朝鮮戦争では5割以上、ベトナム戦争では9割以上の兵士が敵に向けて発砲するようになったそうです。それ以前に一般的だった丸い的を撃って射撃技術を磨くような訓練は戦場では役に立たず、新しい訓練法で訓練された兵士との戦力の差は歴然だとか。

戦場での体験から PTSD になる帰還兵は少なくないのですが、PTSD に罹患する率は危険に晒された度合いよりも人殺しに荷担した度合いと相関が高く、多くの兵士は人殺しの罪悪感と、敵が自分に向ける憎悪に晒されたショックがトラウマとなって精神を患うのだそうです。戦略爆撃のように一方的で間接的な攻撃で命が危険に晒されても精神障害を引き起こすことは少ないとのこと。

帰還兵から大量の(40万人、あるいは150万人と見積もる人も) PTSD 発症者を出したベトナム戦争ですが、実はこの戦争は(戦争末期を除けば)戦場での精神障害の発症が最も少なかった戦争だそうです。しかし、戦場での精神障害を抑えるための工夫(詳しくは第34章を参照)は所詮は応急処置に過ぎず、逆にそれまで自然にできていた帰還兵に対する精神的ケアを阻害し、さらにベトナム固有の問題として帰国後市民の冷たい視線や激しい非難に晒されたことが戦場で受けた心の傷を広げるように作用し PTSD に、というのが実状だそうです。

ほかにも興味深い話は沢山ありますが、500ページに渡るこの本の最後の50ページは意外にも少年犯罪に絡めたメディア批判を展開しています。それについては以下で。