スパムはなぜ失礼か

先日書いた記事、スパムトラックバックの基準についてを受けて色々反応がありましたが、これ、「トラックバックに対する考え方」の問題にとどまらないと思う。つまり「トラックバックとはこういうものだから、そういうものとして扱わないあなたは失礼だ」という話ではなく、そもそもスパム的行為は相手を(ある意味)人間扱いしないことでしか成り立たないが故に失礼なのであって、「考え方は人それぞれ」で済ましていい話ではないと思う。

「相手の都合を考えない」こと

スパムの何が相手を不快にさせるかと言えば、スパマーが「相手の都合を考えない」というのが大きいと思います。都合が悪いこと自体ではなくて。

見知らぬ相手に対しては「相手の都合」はわかりません。なので、トラバなりメールなりが結果的に相手に都合の悪いものになること自体は仕方がない。少なくとも相手はブログやメールアドレスを公開することで、見知らぬ人同士でコミュニケーションをとることに同意しているとみなせるのだから。しかし、だからといって相手の都合を考えもしないというのはどうなのか? 僕が「機械的に」というあたりを気にするのはそういうことです。

ピュア子の飼い主さんについて言えば、結局キーワードで検索してひっかかったところに中身と関係なく無差別にトラバしていたようですから*1、「rnaさんの考えを否定するものではありません」とのことですが、トラバを送っていた時点では、僕の考えなんて想像すらしなかったわけです。そりゃ、想像すらしなければ否定もできませんよね。

「喜んでくれる人がいるからいい」のか

スパムメールがなぜなくならないかというと、スパムを有益だと感じている、つまり実際にスパムメールで宣伝された商品やサービスを喜んで買っている人がわずかながらもいるからです(参照: spam は損か得か)。毎日スパムが届くのを楽しみにしている人さえいます(参照: spam 大好きオーランドさん(45))。スパマーの中にはこのことで自分の行為を正当化する人もいます。*2 しかし不快に思う人の方がずっと多いのです。スパムの語源から考えても、一般の人が使う「迷惑メール」という表現からもそれは明らかでしょう。

スパマーが「喜んでくれる人がいるからいいだろう」という思っている、と思うと、それだけでかなり不快な気分になれます。「喜んでくれる人がいるから」というのは一見相手の都合を考えているように見えますが、迷惑になる人の都合は考えないわけです。

というかスパマーにとって送信先の人間は確率的な存在でしかなく、誰が喜んで誰が迷惑に思うかなんてことに興味はないのです。「喜んでもらいたくて」とか言っても、喜ぶのは誰でもいいし、喜ばない人はさらにどうでもいい。*3 そういう考え方でないと無差別大量送信なんてできません。個人的にはスパム対策の手間や機会費用もさることながら、そういうふうに扱われること自体の精神的苦痛が大きいです。


さて、ピュア子の飼い主さんはこう言いますが、、、

ただ、この方法で素晴らしい交流が
次々と生まれているのも事実でありその意義は大きいので、私としてはこれでただちに同様のトラックバック
やめてしまうべきなのかどうか現時点では疑問に思っています。
「スパムトラックバックの基準について」のコメント欄

喜んでいる/有益だと感じている人もいるから不快に思う人は(最初の一回くらいは)我慢すべし、ということでしょうか。これって商業的なスパムを肯定する人たちと同じ理屈ですよ。

私の方でもrnaさんのところへは書かないよう気をつけますので、
おっしゃるとおり今後もし私からトラックバックがあれば、
削除していただけると幸いです。
「スパムトラックバックの基準について」のコメント欄

オプトアウトですか。。。

メールのスパムではオプトアウトはないよりマシだけど迷惑さは解消しない(だからオプトインにすべき)というのが一般的な見解だと思いますが。まあ、トラックバック送るのに事前許諾というのもありえないけど、だからといってスパムしていいってわけじゃないでしょう。とはいえオプトアウトメール同様、法的に禁止されてるわけでもないので、しょうがないですか。

まあ、こうやってオプトアウトを宣言している以上、やめてくれといわなければ同じ相手に対してもスパムトラックバックを繰り返すということなので、トラバされた人で嫌だと思う人は積極的にその旨表明するべきでしょう。ピュア子の飼い主さんはリンク先をほぼ読んでいないようですので、自分のブログで表明しても伝わらないと思われますから、ピュア子の飼い主さんのブログのコメント欄に書き込むしかないかな。炎上イクナイ? いや、炎上じゃないでしょう。そうしてくれってことなんだから。

。。。って、結局自分の首しめてない? オプトアウトって。トラバ拒否登録フォームとかで自動処理しない限りトラブルは避けられないような。

心象風景

余談ですが。。。。

精神的に余裕がない時期にはメールボックにスパムがあふれかえる様子を見るたびにスパムに埋もれる自分というイメージが頭の中いっぱいに広がって最悪な気分になる。『ベルセルク』のこのシーンみたいなイメージ。

『ベルセルク(20)』 p80より
ベルセルク(20)』 p79-80


*1:トラバ元のコメント欄のりんさんの問いへの返事を参照。

*2:ネットで公言してる人もいたはずだが、参照先を失念。

*3:もちろん商売というのはそういうもので、そうあるべきでもあるけど、私的領域に押し掛けてくる(push する)のにそういう態度は困る。