卜部侍従日記と富田メモ

以前富田メモの信憑性について調べた際、1988年4月28日に昭和天皇と富田長官が会っていたという事実があったのかどうか、という点について裏がとれてませんでした。

28日のメモは29日の報道を控えた確認作業か何かの際のメモかと思われますが、実際そういうことがあったのかどうかは未調査。
昭和天皇と徳川侍従長の記者会見

が、先日報道された卜部侍従日記がこの日のことに触れているようです。

 靖国神社参拝取りやめの理由についても記述されている。

 最後となった天皇の記者会見から数日後の88年4月28日。「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」。「靖国」以降の文章には赤線が引かれている。

逝く昭和と天皇、克明に 卜部侍従32年間の日記刊行へ (asahi.com)

というわけで少なくともあのようなメモが残る機会があったという点については裏がとれました。「徳川元侍従長との裏懇説」とやらは裏はとれたんですかね?

ついでに日経の「富田メモ研究委員会」も最終報告が出ました。