重力電灯のまとめ

報道(2008/2/21):

重りを48インチ(約122センチ)の高さの位置にセットすると重りが最低部まで到達する約4時間に渡って40ワットの白熱電球の明るさに等しい600〜800ルーメンの明かりを燈すことができるなど、実用性も十分。
バージニア工科大学の学生、画期的な「重力電灯」を発明 (テクノバーン)

どんなSF的ガジェットかと思ったら単に重りの位置エネルギーを取り出すもので、重りを持ち上げる力は人力なんだろうから「究極のエコエネルギー」というよりは究極に原始的なエネルギーで、どこが「画期的な発明」なのかいまいちよくわからなかった。発電機の変換効率? それともLEDの発光効率?

重りは何kg?

なぜか肝心の重りの重量が書いてないので、重りがえらく重いというオチなんじゃないかと疑って、何kgくらいかと思って計算してみたら何kgなんてもんじゃなかった。12トンとか。えーーー???

計算方法は次の通り。

まず最低の明るさ600ルーメン(lm)を出すのに必要なエネルギーを求める。

照明の発光効率(1ワットで何ルーメンの明るさか)は市販のLED電球だと 60lm/W 程度*1なので消費電力は10W。重りが下がりきるまで4時間なので必要な発電量は 40Wh。単位をジュール(J = ワット秒)に変換すると一時間は3600秒なので 40Wh * 3600s = 144000J。

次に装置は地球上で使うものと仮定して、このエネルギーを装置の高さにある重りの位置エネルギーから100%の効率で取り出す場合、何kgの重りが必要かを求める。

これを、1kg の重りを 1m 持ち上げるのに必要なエネルギーの単位である重量キログラムメートル(kgf・m)に変換すると、1kgf・m は約 9.8J なので*2、144000J / 9.8J/kgf・m = 14694kgf・m。持ち上げる高さは 1.22m なので、14694kgf・m / 1.22m = 12036kgf。

あまりに途方もない話で元記事の写真の装置で実現可能とは思えない。計算間違いなのか、それとも記事にある数値がおかしいのか。。。

件の記事のはてなブックマークコメントを見ると、記事のソースらしきものが紹介されていた。

記事の数値はあれで正しくて、しかも重りは 10ポンドが5個 = 約23kg ということだ。えーーー????

あまりにとんでもなさすぎて、[と] タグを付けるべきかどうか悩む。で、ぐぐってみたらこの話題がスラッシュドットで議論されていた。

「2トンほどの重りが必要なようだ」とあるが、本家/.の記事をざっと見たところ最新の高効率白色LED(150lm/W)で約5トンという計算だった。

バージニア工科大のコメント

スラドの記事のレスバージニア工科大のコメントが紹介されていた。

バージニア工科大学って馬鹿の集まりなのかと思ってタレコミ文のリンク先 [vt.edu]を見たら、
大学側が次のようなコメントを付けていた。
「クレイ・モートンは実際にこのようなランプを作成したわけではありません
このニュースは将来のLED技術の進歩をもとに発表されたのでしょう」 
「この賞は未来の技術にもとづくコンセプト的なデザインに与えられた」
センス悪すぎ

既に大学に実現可能性を疑問視する問い合わせが殺到していて、大学が「重力電灯」の発明者 Clay Moulton のコメントを載せている。「重力電灯」が現在の LED では実現不可能なのはその通りで、これは将来LED技術が進歩したならば、というコンセプトデザインなんだとのこと。写真に見えたのはCGらしい。

でもそんな理屈がありなら一枚の板のデザイン画を「将来太陽電池技術が進歩したならば…」とか言って出すとか、なんでもありになっちゃわないか?

LED技術が進歩すれば本当にできるのか?

では LED 技術がどのくらい進歩したら実現可能になるのだろう?

実は発光効率には理論的な限界があるらしい。

単位電力あたりの全光束 lm/W (ルーメン毎ワット)で現す。単位の定義とエネルギー保存の法則により発光効率が 683 lm/W を超えることはない。
wikipedia:発光効率

ルーメンという単位は人間の感じる明るさの単位で、人間の目が単位時間に一定の数の光量子を受け取った時に感じる明るさのこと。視細胞の感度と1光量子あたりのエネルギーはどちらも波長によって違うが、一番エネルギー効率がよくなる波長は 555nm で、この時の効率が 683lm/W。

つまり電灯の場合、電気エネルギーを100%光エネルギーに変換すれば、1ワットで683ルーメンの明るさを人間に感じさせることができる。これが理論上の限界。

さて、究極のLEDが電力を100%光に変換できるとすると発光効率は683lm/Wになるとわかったので、これを元に重りの重さを再計算しよう。600[lm]/683[lm/W]*4[h]*3600[s/h]/9.80665[W.s/kgf.m]/1.22[m]=1057[kgf] で約1トン。

結局、LED技術がどんなに進歩しても「重力電灯」は非現実的という結論に。

できる! できるのだ!

スラドのレスにこんなのがあった。

ばかだなあ。何も「地球で」なんて一言も言ってないじゃないか?
この照明は中性子星の地表で使うためのものなんだよ。

これだから常識の範囲内でしか考えられない頭の固い大人って奴は・・・。
Re:センス悪すぎ

すばらしい発想! 中性子星なら地球の2千億倍ほどの重力があるらしいので楽勝です!

と、思ったけど、重りを持ち上げる力に変わりはない。つまり質量 23kg の重りを持ち上げるのに地球上で何トンもの重りを持ち上げるのと同じ力がいるので実用性は全く変わらない。まあ、そもそも何も持ちあげなくても人体がその重力に耐えられないのですが。。。

やっぱりだめなのかと思ったのですが、画期的な方法を考えました!

限界の根源は目の感度にあるわけです。683 lm/W が理論上の限界と言っても、これは普通の人間の目の感度に基づく値。これをなんとかすればなんとかなるはず。たとえば眼球を光学的に改造したり、あるいは何らかのドラッグで脳の光に対する感受性を変えたりすると限界を超えられるはずです! もはや何の発明なのかわけがわかりませんが。。。

まとめ。そうねえ。

あたりまえのように享受している光のエネルギーを人力で生み出そうとするといかに大変か。太陽の偉大さ、そして太陽のエネルギーを蓄積した化石燃料の素晴らしさの一端に触れた一日でした。

追記: WIRED VISION に批判的記事

僕が発光効率の限界について悩んでる間に WIRED VISION に批判的な記事が出ていた。けどツッコミが甘い。

スラド本家の議論とバージニア工科大の発表を引いて実際には機能しないという結論。でも将来のLED技術で云々への反論はなし。辞典引いて計算するだけのことでもメディアはこういう時に自分では検証しないのね。まあ original research はしないというのも一つのスタンスだけど、せめてLEDの研究者のコメントとるとかして欲しかった。