『レイプレイ』事件について

国際的な人権団体 Equality Now が日本製アダルトゲームの発売中止を求める運動を始めたことがニュースになった。最初に見た読売新聞の報道ではメーカーやタイトルが書いてなかったのだが、Equality Now の声明文には具体的に書いてあって、問題のゲームはイリュージョンの『レイプレイ』というゲームだった。

児童ポルノ問題ではない

yuuboku さんが Equality Now の声明文を翻訳したものを公開している。

12歳前後の女子学童が通勤電車に乗っている。後をつけていた男が彼女の体に触り、彼女に性的いたずらを試みる。やっとのことで電車は停まり、恐れをなした彼女は公衆トイレに駆け込むも、追って来た襲撃者は彼女の腕を縛り、レイプする。襲撃者は彼女を監禁し、様々な状況下で彼女を何度もレイプする。彼女の母親と、10代の姉妹もまた同じ運命をたどる。この一家は以前、かつてこのレイピストが別の女性に対して性犯罪を図った件について、姉妹の姉が警察に通報したことにより、その報復としてレイプの標的とされたのである。
Equality Nowのエロゲに対する声明を訳してみた。 - yuubokuの日記 - 断片部

確かにこれはひどい。2次元(というかアニメ絵)に欲情する習慣がなくてエロゲーはあまりやらない僕だけど、2.5次元(というか 3D CG)のイリュージョンのゲームには興味があって、体験版をいくつかやったことはある。おっぱいスライダーとか。レイプレイも痴漢体験版というのをやったことがあるが、これは痴漢のシミュレーションだけだったので*1ストーリー等については知らなかった。

痴漢体験版で登場したキャラクターは見た目は女子高生だったが、公式サイトの画像*2にはもっと幼く見える別のキャラクターの絵があるので「12歳前後の女子学童」はそれを指すのだろう。業界の自主規制で起動画面にはもちろん「登場人物はすべて18歳以上です」との注意書きはあるのだけれど。

レイプレイ痴漢体験版起動画面
レイプレイ痴漢体験版の登場人物

読売新聞の記事にはわざわざ「児童ポルノ」の用語解説が付いていたが、声明文を読む限り問題になっているのは児童ポルノに限らないあらゆる性的暴力表現そのものだ。声明文は女子差別撤廃委員会(CEDAW)*3の報告書*4を引いて問題点を指摘し、最終的にこう結論付けている。

「レイプレイ」のようなコンピューター・ゲームは、性に基づく差別的振る舞いやステレオタイプを許容するものであり、これは女性に対する暴力を維持する。日本政府は、このようなものをはびこらせず、女性の平等を妨げるこれらの振る舞いや行為に打ち勝つための有効な指針をとるべきである。
Equality Nowのエロゲに対する声明を訳してみた。 - yuubokuの日記 - 断片部

言っていることはポルノグラフィー全般についても言えることであり、レイプレイの何が特別問題なのかという理由は書かれていないので、基本的には児童ポルノに限らず暴力的なポルノ全般が非難されていると見てよい。

海外流通が問題ではない

声明は何を求めているのか? 「推奨される行動」として、具体的に以下の三つが挙げられている。

  • イリュージョンに対し「女性を貶めるようなすべてのゲームの販売を即刻中止するよう要求」
  • Amazon Japan に対しても同様の要求
  • 日本政府機関に対して、「女性や少女に対する性暴力を正当化し、増長するようなコンピューター・ゲームの販売を禁止するよう要請」

報道に対しては、日本では18歳未満への販売は禁止されているし海外版は販売していないし何の問題があるのか、という反応があったが、*5 これは話がかみ合っていない。Equality Now の主張は要するに、

というものだ。海外流通がことさら問題になっているのではない。国内流通でも「女性や少女に対する性暴力を正当化し、増長する」ようなゲームの販売を許すのはそれ自体差別であって条約違反だというわけだ。

ひとやすみ:『THE レイプマン』について

Equality Now の声明文には劇画『THE レイプマン』が引き合いに出されている。

このような説明付けはhentaiにおいて蔓延しており、例えば日本の売れ筋の(succesful)漫画「THE レイプマン」は、夜ごと「スーパーヒーロー・レイプマン」に変身する男性教師を描いている。彼は怨恨を鎮めるため、あるいは恋人を無下にした女性たちに「お灸をすえる」ためにレイプを行う。

これはちょっと誤解があると思う。『THEレイプマン』は1980年代の作品。内容の説明については、まあだいたいこんな感じだが、肝心なのは、そんな内容なのにストーリーは「いいはなし」として描かれていること。wikipedia の項目には「人情系レイプ劇画」と形容されている。

この作品がサブカル方面で結構話題になっていたのは、そのあたりの滅茶苦茶さ故で、不条理漫画、あるいはトンデモ本として扱われていたと記憶している。そういう意味で話題にはなったがいい意味で人気があったわけではなく、せいぜい「カルト的人気」くらいだと思う。例えて言うなら [これはひどい] のブクマがいっぱい付いて「人気エントリー」入りするような感じ。

ちなみに僕も高校時代に貸本屋で少し読んだが、高校生の頭でも無茶苦茶な漫画だと思った。ちなみに貸本屋の主人が言うには「作者はエロ漫画家ではなく以前は純愛ものの漫画を描いていたが全然売れてなかった」とのこと。

以上の説明でピンとこない人はファンサイト(?)を見ていただければよろしいかと…

今まで知らなかったのだが、女性団体の抗議で連載中止になったようだ。強姦魔が主人公の劇画と言えば同時期に発表された『堕靡泥の星』があるが、これは抗議を受けなかったのだろうか?

暴力的なポルノは性暴力を正当化し増長するのか?

閑話休題

さて、Equality Now の主張は、暴力的なポルノは性暴力を正当化し増長するから女性差別であるというものだった。争点は、暴力的なポルノによって本当に性暴力は正当化され、増長するのか? というところになるだろう。

僕の考えは、それはポルノに触れる際の文脈に依存し、社会の状況によっては法的規制も正当化されうる、特に脱文脈的にポルノに触れてしまいがちな未成年者についてはゾーニングが必要であろうというものだ。この点については以前にも論じたことがある。

『THE レイプマン』がそうであるように、レイプを正面から正当化するような描写はレイプが深刻な人権侵害であることが合意されている社会においてはむしろ安全だ。激しい嫌悪感を引き起こすか、不条理なブラックジョークとして受け止められるのが関の山だからだ。しかし、まだ社会に適応していない子供の場合は問題になりうる。子供が真に受けないようにするための仕組みは必要だろう。

犯罪統計の比較に意味はあるのか

こういう話題で必ず出てくるのが性犯罪発生率の国際比較のような話だ。正直言ってそのような比較は(暗数調査のようなものを加味して実態に近い統計を用いたとしても)あまり意味がないと思う。メディアの影響以外の要因が多すぎるからだ。

統計から推定するにしても別のアプローチが必要になるだろう。たとえば、ある程度条件がそろった状態で特定の政策を実施した事例があって、時系列データから政策の効果を評価する、といったような。

しかし、差別や偏見がそう簡単になくなるわけもなく、効果を評価できるようになるまでは何年も何十年も時間がかかるだろう。その間にも他の条件は変わっていくわけで、素人考えかもしれないが、なかなか科学的にクリアな結果は出てきそうにない。*6

そもそもそのような政策はなんらかの形で合意されないといけないのだが、そこでは統計的な根拠はまだ使えない。そうなると現実的には既存の知見と矛盾しない範囲で仮説を立てて、その中から市民が失敗しても妥協できる程度のゆるやかな政策を選ぶしかないだろう。要するに実験、あるいは投機的実行だが、実社会でやる以上は外れた時の損失が大きいものは選べないわけだ。

メディアの影響は証明されてないので推定無罪(?)で何の対策もするべきではない、という意見もあるかもしれないが、我々は既にメディアの影響力を前提とした社会で生きているわけで、推定無罪を言うならば表現規制の諸制度をひっくり返すか、二重基準に甘んじるしかないのではないか。

仮に統計解析でアニメやゲームの影響力がごく小さいものだとわかったとしても、それは一般メディアの表現規制が生み出した社会的文脈のおかげかもしれないのだ。規制による表現の不自由は公平に分担されるべきではないかという議論だってありうる。

で、どうすんの?

一言で言うとブクマコメントに書いたように「モアスピーチでそれは悪だと叩き込んだ上で、大人には悪を妄想する権利を認めるのがスジ」だと思うが、具体的にどうするんだと言われると難しい。

あまり自分でも納得できていないが、あれもダメこれもダメしか言わないのもアレなので、思いつきで処方箋らしきものを書いてみようと思う。

まず思うのは「18歳未満お断り」といった曖昧なレーティングは稚拙なコミュニケーションじゃないのかということ。子供にはまだ早い、ということが何を意味するのかこれで伝わるのだろうか?

子供はセックスについて責任がとれないので、セックスから遠ざけましょうという趣旨なのだろうが、レイプレイのようなものを子供に見せたくない理由は単にそれがセックスだからということではない。それが悪用されたセックスだということが伝わらず、それがセックスだと思われては困るからだ。レイプにポジティブなイメージを持たれるのも、セックスにネガティブなイメージを持たれるのも、どちらも好ましくない。

だからこそとにかく遠ざければいいということになりがちなのだが、完璧なゾーニングなんて無茶だし、ゾーニングの存在自体から伝わるメッセージは消し去ることができない。それならゾーンの境界線に語らせることで、越境者に自分が何を越えたかを意識させるほうが良いのではないか。

たとえばレーティング区分も単に成人向けとするのではなく、性暴力を(作品世界の中で)肯定的に扱うかどうか等の条件で別枠を作ってわかりやすい形で表示してはどうか。レイプレイのようなゲームは「性犯罪シミュレータ」みたいなジャンルに放り込んで、単にエロというのは違った理由で隔離されているものだとわかるように。

一般向けゲームソフトについてはコンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)がコンテンツディスクリプターアイコンという表示を導入していて、セクシャル、暴力、犯罪、などのカテゴリーがわかるようになっているが、*7 アダルトゲームの自主規制団体であるコンピュータソフトウェア倫理機構では対象年齢区分しか行っていない。*8

ちなみにアダルトビデオのレーティングも同様で区分上はエロと暴力の区別がない。*9

ジャンルはパッケージ見れば明らかじゃないかと言われそうだが、レイプレイの場合その内容は犯罪の言葉ではなくエロの言葉で表現されている。公式サイト*10では「痴漢がエロい」「陵辱がエロい」「調教がエロい」などという見出しが踊っている。*11 つまり、どう魅力的かが書かれているだけで、どう危険かは伝わらない。

もっとも注意書きの形でゲーム内の行為が犯罪であることは明記されてはいる。公式サイトの隅にも地味に書いてあるし、体験版でもゲーム開始の前にこんな警告画面が表示された。

レイプレイ痴漢体験版の警告画面

しかし、これではいかにもとってつけたような注意書きだし、クリックするとスキップされるものなのであっさりスルーされるのは目に見えている。エロさのアピールと同じくらい真剣に伝える気があるならもっとマシなやりかたができるのではないかと思うがどうか。



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*1:カメラは自由に動かせるが右乳しかさわれない。

*2:騒動後削除されているので魚拓を参照(注意:裸体のCG画像です)

*3:女子差別撤廃条約女子差別撤廃条約第17条に基づき設置されている国連の委員会。
参照:外務省: 女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約)

*4:参照:Committee on the Elimination of Discrimination against Women 29th session (30 June to 18 July 2003)の CEDAW/C/SR.618。引用文から見て原文はこれのようだ。

*5:参照:痛いニュース(ノ∀`):日本製「性暴力ゲーム」欧米で販売中止、人権団体が抗議活動

*6:行動経済学のような分野で通説と呼べるようなものがあるのだろうか? ご存知の方がいたら教えてください。

*7:参照:ゲームソフトのレーティング制度を充実します(コンテンツディスクリプターの新設) - コンピュータエンターテインメントレーティング機構//ニュースリリース

*8:参照:法人概要/レーティングの紹介 - EOCS/一般社団法人コンピュータソフトウェア倫理機構オフィシャルウェブサイト

*9:参照:アイマーク テロップ、シール - コンテンツ・ソフト協同組合映像ソフト倫理規定 - 日本ビデオ倫理協会

*10:参照:製品紹介「レイプレイ」 の Web魚拓

*11:痴漢は犯罪を表す言葉だろう、と言われるかもしれないが「痴漢は犯罪です」などというポスターが駅に貼り出される現状ではいささか心許ない。