twitter のハッシュタグ衝突問題とサイバーカスケードの制御可能性

週末 twitter で二つの大企業を巻き込んだ騒動が起こった。ここでは au2009 問題と呼ぶことにしよう。一言で言うと二つの企業が twitter 上でのプロモーション用に使ったハッシュタグ(つぶやきに含めると検索キーにできる特定の書式のキーワード)が衝突したという問題なのだが、単なる企業間の利害衝突ではなく twitter コミュニティを巻き込んだ「炎上」とも言える騒動になった。

ここまではいいのだが(?)、多くの人がこの騒動に言及するつぶやきの中で当該ハッシュタグ(#au2009)を書いてしまったため、このハッシュによる検索結果は au2009 問題関連のつぶやきで埋め尽くされ、結果として当該ハッシュタグは双方にとって使い物にならない状態になってしまった。

騒動の流れ

具体的なやりとりに関してはハッシュタグ「#au2009」競合問題に見るKDDI広報の対応の不手際さ - さまざまなめりっと - はてなグループ::ついったー部を参照してもらいたいが、簡単にまとめておこう。

事の発端は携帯電話キャリア大手の KDDI が10月19日開催の au の新製品発表会のプロモーションを twitter でも展開しようとしてハッシュタグ #au2009 を使用し始めたこと。ところがこの #au2009 はCADソフトウェア大手の Autodesk が Autodesk University 2009 というイベントのプロモーションのために既に使用していた。

それに気付いた ITmedia と一般ユーザが au の公式 twitter アカウント向けにそのことを指摘し au 側には伝わった。しかし、指摘から約4時間後の au 側の対応が騒動に火を付けた。

ハッシュタグにつきましては、すでに多くの方にいまのタグでご協力いただいている状況なので、このまま継続することさせていただきます。ご指摘いただいてありがとうございました #au2009
7:05 PM Oct 16th from web au_official

ハッシュタグの衝突によって Autodesk University 2009 関係者に迷惑がかかるという肝心な点が伝わらなかったのではないかとも思うのだが、指摘したユーザにはこの対応が横暴と感じられ、その感覚は事の成り行きを見守っていた多くの twitter ユーザにも共有されたようで、公然とハッシュタグを乗っ取った au を批判するという流れで騒動に発展してしまった。

間の悪いことに担当者は上の発言の直後に「明日はお休みですが、引き続きつぶやく予定です! お楽しみに☆」とつぶやいて退席している。その結果ユーザの行き場のない思いが攻撃的なつぶやきとして爆発することになってしまった。

さすがに ITmediaハッシュタグ変更を望むこと、変更しなければ Autodesk University 2009 参加者の迷惑になることを落ち着いた調子で指摘しているが、au 退席の3分後で時既に遅し。#au2009 タグや #antiauofficial というタグを付けた抗議活動がエスカレートしていく。

関係者に騒動が伝わったのか、結局、当日深夜に au 側から謝罪とハッシュタグ変更の告知が行われた。騒動を見守っていたユーザはこれを盛んに RT したのだが、変更告知故に #au2009 タグを含んでいた発言が RT されることでかえって Autodesk 関係者に迷惑がかかる状態に。

とはいえこれ以降は落ち着くのか、と思われたが、その後もあとからこの件を知った人がよくわからないまま、あるいはお祭り騒ぎで繋がりたいという意志からなのか、#au2009 タグ付きでつぶやき続けたため決着から24時間以上経った今でもこのタグの検索結果はこの騒動関係のつぶやきで溢れかえっていて Autodesk の担当者涙目(?)という状態だ。

Folks in Japan have started to use the > #AU2009< tag - nothing to do with Autodesk University 2009 in Las Vegas とかじゃRT @au_official
Twitter / Autodesk University: Folks in Japan have starte ...

「とかじゃ」のあたりに混乱ぶりがうかがわれる(?)。

元々このままでは Autodesk 関係者に迷惑がかかるという理由で始まった抗議活動だったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

どうすればよかったのか

誰かを助けるための運動が結局はその誰かを踏みつぶす方向に傾いていくという悲劇。利害当事者ではなく運動当事者の論理で設定された対立軸の周りで空中戦がくりひろげられる虚しい風景。どちらも既視感をおぼえずにはいられない。もちろん(と言ってもウヨサヨ系の話題に興味のない人にはわからないだろうけど)「反日上等」騒動を思い出しながら言っている。

反日上等」騒動というのは在特会(在日特権を許さない市民の会)という排外主義的な右翼系市民団体のデモに対して左翼系の運動家や外国人が抗議のカウンターデモを行った際に、強制送還の危機に瀕している外国人に迷惑がかかりかねない方法で抗議行動を行って問題になった件だ。

解決すべき問題がある時にわかりやすい「敵」が目の前に現れ、「敵」を倒すという第一目標のために多くの人を巻き込むと、「敵」を倒すこと自体が目的化してしまい、問題は解決されず放置されるか、あるいは「敵」を倒す活動の副作用により、かえって悪化してしまうという現象。

「敵」との戦いは目的ではなく手段であり、解決すべき問題は別にある。ところが多くの人を巻き込んでいくうちに元々の「解決すべき問題」が忘れ去られてしまう。もちろん最初から抗議行動にコミットしてきた人は忘れてはいないだろう。しかし、気がつくと誰かが事態をコントロールできる状況ではなくなってしまう。

以前紹介した荻上チキ『ウェブ炎上』にはこういった「炎上(サイバーカスケード)」をどう制御するかという議論があった。そこでは対立する立場の意見を相互に可視化することにより同じ立場の意見が増幅する現象を防ぐという処方箋が出てくる。

しかし「敵」がわかりやすすぎる場合、さらに誰も味方しないほどわかりやすい「敵」は袋だたき状態になり、反対側の意見を見て自分の視点を相対化するような機会がなかなか得られない。twitter での運動のようにリアルタイムに事態が推移するとその傾向には拍車がかかる。

また、「わかりやすさ」はミスリーディングな議題設定効果を内包しており、反対側の意見があったとしても、最初からズレている対立軸を修正する力にはなりえない。

正直言ってどうしようもないという印象がある。最初から利害当事者同士の交渉を促すべきで、公の場で問題を指摘するべきではなかったのかもしれない。しかし誰かが気付いて公の場で議論になること自体は誰にも止められない。

あまりポジティブな結論にならないのだが、衆を恃むということは常にこういった危険を孕むのかもしれない。

おまけ: 技術的な問題

個人的にはマイナーな問題だと思っているが、技術的な問題もあったと思う。タグについての議論でタグを引用してもタグとして機能してしまうという点だ。

適切なエスケープ記法があれば今回のような結果は避けられたかもしれない。しかし、それがあったとしても RT で自動エスケープするべきかとか、そもそも「記法」の使いこなしを一般ユーザに期待できないであろう*1ということもあり、それで解決できたかというと甚だ疑問ではあるのだが。

おまけ: 企業側の教訓

twitter でプロモーション等を企画する企業側にとっての教訓は割とはっきりしている。そもそも twitterハッシュタグは誰でもいつでも好き勝手に使い始められるゆるい仕組みで、アーキテクチャ的には権利関係の絡むビジネスできっちりと使うのには向いていない。敢えて使うのなら、

  • 限界をわかった上で仕組みに過度に依存しない形で使うこと
  • 実験的に先に使い始めて既成事実を作ってから展開すること
  • 衝突が発生した場合は柔軟に速やかに対処すること

というあたりに注意して使えばいいのではないだろうか。

もっとも今回の騒動は、抗議する側にもそうした「ゆるさ」を許容する感覚が希薄であったからこそ発生した面がある。あるいは、企業はきっちりしてなくてはいけない、ゆるくあってはいけない、という意識が一般的にあるのかもしれない。

だとすれば twitter を企業がプロモーションに利用するという目論見はかなり無理があるということになり、twitter そのもののマネタイズにも暗雲が漂う、ということなのかも…


*1:それが期待できるならはてなはもっと栄えててもよさそう…