雑感304B より:
第1回の口頭弁論が、以下の通り開かれる。
平成17年5月27日 午前10時
横浜地方裁判所 第502号法廷(5階)
(みなとみらい線ができて、とても便利になったそうです)
中西氏ほどの人でも提訴されるのはかなりショックなんですね。
中西氏の父は戦中戦後共産党で政治運動をやっていて*1、戦中には検挙されて死刑にされそうになり、戦後は共産党から立候補して参議院議員になりましたが、党内での意見対立から党を除名されています。当時中西氏はまだ12歳でしたがこの時の事がかなりトラウマになっているようです。『環境リスク学』(isbn:4535584095) p74-75より:
私は父の人生の影響で子どものときに激動のなかを生きてきました。これ以上怖いことはないということを経験し、また、そういうときに人間が見せる優しさ、浅ましさ、そういうものを見てきました。そのことは私の生き方に非常に大きな影響を与えたと思います。それは研究の面ではファクトへのこだわりとして影響を与えたように思っています。
(中略)
ファクト(事実)へのこだわり、これが三十五年間に及ぶ大学での研究生活を支えた背骨のようなものです。それはたぶん、言葉への不信感、言葉の無力さ、思想というものへの強い不信感から来ていると思います。
他にも小学校五年生のころからマルクスを読み始めたとか(最初に読んだのは『賃労働と資本』)、中学でマルクス経済学のゼミに参加したとか、とんでもない少女時代を送っていたそうです。マルクス主義に傾倒しつつも違和感を抱えていた中西氏は大学の卒業研究を通じて自然科学に目覚め、大学院を卒業する頃には政治闘争・思想党争からは距離を置くようになったそうです。
思想の闘争になれば、いつまでも対立が解けない。出すべきなのは事実、思想の違いを越えて認めることができる事実、これこそが今の思想的な勢力関係を崩す力をもっている。これが自然科学の強みだ。自分は今それをもっている。私はそう考えました。
赤川学氏も男泣きしたという中西氏の生き様に新たな1ページが加わることになるのでしょうか。裁判の行方に注目しています。
ていうかみんな注目しよう。しつこいようですが勝手に作った ヲチャー用RSS をどうぞ。