チベット危機に関連して北京オリンピックをボイコットせよという人がいる。気持ちはわかるが、それがチベットの人たちの利益になるのかどうかよくわからないでいる。
オリンピックを政治の道具にするなみたいな意見があるが、政治の問題ではなく倫理の問題として国家として現在進行形で人権弾圧をやっている国で「平和の祭典」なんてやれるのかという疑問は出てくる。
今でも「五輪開催国にふさわしい行動を」みたいな事も言われるので、ボイコットするかどうかはともかく、そういう国は五輪開催国にふさわしくはないというコンセンサスはあると思う。実際チベット問題やダルフール問題を理由にボイコットを呼びかける人は以前からいた。
そもそもチベット問題は今に始まったことではなく、チベットの人たちに対する人権侵害は1950年代から常に既に起きていたわけで、それにも関わらず敢えて中国を開催国として選んだことは、それ自体が政治的な判断を伴う選択だったのだ。
一方で、ダライ・ラマ14世は今でもボイコットは呼びかけていない。そのことで独立派のチベット人から批判されてもいるが。
中国当局は、「ダライ・ラマに扇動されて動乱が起きた」「ダライ・ラマが北京五輪のボイコットを呼びかけている」と繰り返し述べていますが、ダライ・ラマ法王やチベット亡命政府が北京五輪の開催に反対したことは一度もありません。この点は、ここで再度はっきりと申しあげたいと思います。
オリンピックは、地上に生きるすべての人々の平和、自由、調和を象徴しています。我々は、このオリンピック精神が北京五輪で花開き、地球全体が平和に包まれるところをこの目で見たいと願っています。しかし、それを実現するには、一人一人がオリンピック精神にのっとって行動しなくてはなりません。
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からのアピール/日本の皆さまへ (ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)
単純に平和主義・非暴力主義だからこんなヌルい事を言っているだけなのだろうか? たぶんそうではないと思うが、ダライ・ラマの真意はともかく、中国に不利益をもたらしてもチベットの人たちの利益になるとは限らないという合理的判断はあるのだと思う。
それはチベットを訪れる観光客に対する態度からもうかがえる。チベット文化に憧れてチベットを訪れる外国人は少なからずいる。最近では中国国内の若い世代にもそういう人たちがいるそうだ。
大都会・上海に吹き始めたチベットの風が、上海の若者を魅了し始めている。
民族色の強いチベットアクセサリーを身に着けた上海っ子は、まだ見ぬ神秘の地へさまざまな思いをめぐらす。
特集 チベットに憧れる中国の+D Style世代 (+D Style)
最初にこの記事を読んだ時は吐きそうなほどムカついて、ブログで毒づきたくもなったのだが、調べてみてチベット亡命政府としては基本的にはチベット観光を勧めていると知って思い止まった。
明らかに、観光事業が中国政権に利益をもたらしていることをかんがみ、多くの人々は中国支配下のチベットを訪問することについて、不安を抱いていることは知っています。しかし、私達はたくさんの人が、中国の統治下で急速に変化しつつあるチベットを訪れることを願っているのです。
私達は、中国政府に対して圧力をかけ続けることが大切だと思います。最も有効な方法は、チベットでの「本当の状況」の目撃報告です。チベットにおける観光事業が、中国政府に利益をもたらしているのは事実です。しかし、もし、その地域に旅行者が居なければ、1998年5月にダプチ刑務所でおきたデモのような事件について、中国側の報告のみが発表され、国際社会が真実を知ることはますます困難になるでしょう。チベットの状況について、自主性のある情報を得ることは大変難しいですから、旅行前にチベットについての知識を有する人は、チベットの人々とその他にとっても大きなプラスとなります。それゆえ、あなた方のチベット訪問は大変大きな効果をもたらすことが出来るのです。
(中略)
客観的情報を独占する中国にとって、自由観光事業が最も有効なチャレンジなのです。チベットへの個人の観光客(旅行家)の数が増せば増すほど、中国当局による観光客への行動制限や、現地チベット人との接触防止をより難しくさせるのです。
中国に利益を与えることになるとしても、それに勝る決定的な利益があるということだ。一方で、なるべく中国人に利益が流れず、チベット人に利益が流れるような行動を促してもいる。土産物はチベット人の店で買うように、骨董品は大抵寺院から盗まれたものなので買うな、等。
北京オリンピックの開催期間中に外国人がチベットに入れるようになるかどうかはわからないけど、オリンピックが注目されたり中国各地に外国人の出入りが増える事が何らかのチャンスを生み出す可能性はあるかもしれない。
かといって、オリンピックが全く何の問題もなく、政治的にも商業的にも成功をおさめるとしたら、それは中国政府や中国の人々に対して間違ったメッセージを送ることになる。その点、内藤朝雄氏が微妙なよびかけをしている。
まず、オリンピックに協力しないよう、企業に働きかけましょう。
オリンピックに協力する企業のリストをつくりましょう。そのリストを参考に、ひとりひとりが買う買わないを決めることができます。
チベットについての報道が少なく、オリンピックを宣伝するような報道が多いメディアについて、その取り上げ方についての記録をつくって公開しましょう。また、もし中国と政界財界のコネクションがマスメディアのチベット報道を抑制するルートがあるとすれば、それを厳しく告発する必要があります。
また、政治化やマスメディアの芸人たちは、中国オリンピックにすりよると、人間の尊厳を大切にするひとびとの支持を失う、というチェックシステムをつくる必要があります。
チベットに関する内藤朝雄さんのメッセージ (いじめと現代社会BLOG)
一目見た時はオリンピックのボイコットを促しているのかと思ったが、そうではない。これはオリンピックから利益を得る企業や団体に圧力をかけようという呼びかけだ。圧力は競技場にではなくその外側の利権構造にというわけだ。*1
こういうやり方が正しいのかどうかわからない。こういうやり方は多数派の方が圧倒的に有利になるからだ。プリンスホテルが日教組の訴えよりも裁判所の命令よりも政治に無関心な圧倒的多数の客の声を尊重するように。企業の経済活動が政治的になることは顧客にとっても従業員にとってもあまり上手くない話に思える。
もっとも、政治的中立性と普遍的価値へのコミットメントが売り物である大手メディア企業に対しては怯まず圧力をかけるべきだとも思う。それは通常の経済活動における商品の品質に対する正当な要求であるのだから。