統計、特に犯罪統計の扱いについて

『レイプレイ』事件について - 児童小銃のコメント欄で、諸外国の強姦発生件数を比較して児童ポルノ規制が厳しい国ほど強姦が多いとの主張があります。

なまえ 2009/06/04 14:56
強姦の数の統計は意味はあるだろ常識的に考えて。
ただでさえ「主観によるいちゃもんで声のデカいほうが勝ち」な議論なのに、客観性の最後の砦である統計すらも無駄と切り捨てるなら何に基づいてポルノが「抑止力」なのか「誘発力」なのか判断するの?
『レイプレイ』事件について - 児童小銃

はっきりいって無茶苦茶です。なまえさん(= ?さん。以下 ? さん)は、統計のなんたるかをほとんどわかっていないとしか思えません。ましてや犯罪統計のことなんて何もわかってないでしょう。

コメント欄で軽くお返事しましたが、わかってもらえないようだし、同調者まで現れたようなので、あらためて詳しく説明します。

犯罪統計の国際比較の問題

? さんは「責任ある公的機関から出された統計数字に疑念を差し挟むなら、その根拠を証明する義務がある。」などと言っていますが、「数字」自体には疑念を持っていません。

問題はいくつかありますが、まず、各国の犯罪統計の「数字」は単純に比較可能な数字ではない、ということを説明します。

In the case of some categories of violent crime - such as rape or assault - country to country comparisons may simply be unreliable and misleading.
(試訳: 暴力犯罪の一部のカテゴリ(たとえば強姦や暴行)においては国と国との比較は全く信頼できない、あるいは誤解を招くものになることがある。)

Compiling and Comparing International Crime Statistics

これは国連薬物犯罪事務所(UNODC: United Nations Office on Drugs and Crime)*1の国際犯罪統計の国際比較について解説した文書にある一文です。*2

この文書では犯罪統計が何を集計しているのか、そしてその国際比較がいかに困難かということを解説しています。なぜ困難なのかというと、

  1. 特定の種類の犯罪についてその定義
  2. 犯罪の通報の水準と警察活動の習慣
  3. 社会的、経済的、政治的な背景

といった要素が国によって異なる場合があるからです。1 はカウントしている出来事の種類が国によって微妙に異なるという問題、2 と 3 は警察が認知した出来事を数える以上、実際に発生した出来事がすべてカウントされているわけではなく、カウント漏れがあり、その程度が国によって異なるという問題です。そして、殺人のようにそれらの差異が統計に影響しにくい犯罪と、強姦のように影響しやすい犯罪があるのです。

その理由は上の文書では詳しくは書かれていませんが、殺人は定義が比較的はっきりしているのに対し、強姦は例えば強姦か和姦かの基準(何を合意とみなすか)が文化によって異なるなどの定義の揺れがあり、また、殺人は人が消えたり死体が出たりするので認知されやすいのですが、強姦は一般に本人の名誉やプライバシーに関わるため被害が隠される傾向があり(つまり暗数が多い)、その度合いは文化によって異なる、等々の理由が考えられます。

そういった事情があるので、そもそもこれらの統計は国際比較を主たる目的とはしていないと明言しています。

It should be emphasized here that the main purpose of the UN survey is not to measure the exact amount of crime that exists in the world or to compare countries, but rather to provide an accounting of crime and governmental responses to it.
(試訳: 国連による調査の主たる目的は世界で発生している犯罪の正確な量を測定することでも諸国間で比較することでもなく、むしろ犯罪とそれに対する政府の対応の明細を提供することであるということを、ここで強調しておくべきであろう。)

Compiling and Comparing International Crime Statistics

相関関係と因果関係の問題: 擬似相関

それでは仮に前節で挙げたような、犯罪統計の統計値に影響するような差異がない国同士を比較する場合はどうでしょう? そのような差異がない、ということを立証する事自体困難だと思いますが、仮にそれができたとすれば統計値の比較自体は可能でしょう。

しかし、? さんがやりたいことは単なる比較ではありません。? さんは「ポルノが「抑止力」なのか「誘発力」なのか」という問いを立て(この問いの立て方自体がまずいのですがそれは後ほど)、児童ポルノ規制を強化すると強姦が増えるという因果関係があるということを、規制のある国とない国を選んで規制の強さと強姦発生率を付き合わせると相関関係が見られることを根拠に主張しているのです。

それらの国がどういう根拠で選ばれたのかわからないけど他の国と比べても相関関係は維持されるの? とか、統計値に影響する要因の国毎の差異について検討した形跡がないけど? とか、メディアの影響を考えているのなら規制そのものではなく規制した結果、すなわちポルノ流通量等と比較しなくちゃダメだろう! とか、強姦に限らず性犯罪全般を比較したほうがいいんじゃないか? とか、そもそも児童ポルノ規制の話なのになんで児童に限らない強姦全体の統計と比較しているの? とか、そういえばポルノ規制一般の強さと児童ポルノ規制の強さは必ずしも一致しないよね、とか、そういうことは全部棚上げするとして、とりあえずここでは相関関係があると思うことにしましょう。

しかしそれでも因果関係が立証されたとは言えないのです。いわゆる擬似相関の問題があります。

強姦発生率に影響を与える要因というのはポルノ規制だけではありません。女性差別的な社会風潮の有無や、強姦罪に対する法定刑の重さや量刑相場、あるいは犯罪全般に影響を与える貧困などの経済的な問題、犯罪全般の抑止力になる警察力、等々の様々な要因が考えられます。ポルノ規制以外の要因があるのなら、それらの要因について国の間の差がないことを立証しなくては強姦発生率の差がポルノ規制の差に起因するとは言えません。*3

というか、比較対象になっている国は北米、西欧、北欧、アジアと文化も制度も違う国々ですから、常識的に考えて差はあるでしょう。その場合、統計にあらわれた強姦発生率の差は様々な要因の影響の総和であって、そこからポルノの影響だけを抽出するには複雑な統計処理が必要です。

相関関係と因果関係の問題: 前後関係

また、規制が強化されたから強姦が多いのか、強姦が多いから規制が強化されたのか、という問題があります。これは国と国の比較だけではわかりません。時系列データで規制の前後での変化を見る必要があります。? さんが貼ったコピペには「児童ポルノ規制をした国では、軒並み強姦事件が増えている」とありますが明確なソースはありません。時系列データも各国でいつ規制が始まったかも示されていません。

とりあえずみんな大好きな(?)カナダとスウェーデンを見てみましたが、微妙です。

カナダの児童ポルノ規制は1993年からだそうですが*4カナダの性犯罪統計を見ると、現在の性犯罪の分類法が定められた1983年以降では1993年をピークに性犯罪(sexual offence: 強姦以外の様々な性暴力を含む)は減少しています。*5 ちなみに現在のカナダの性犯罪の分類には強姦(rape)という項目はなく、性犯罪は専ら暴力の程度によって分類されているようです。

スウェーデン児童ポルノ規制は1998年からだそうです。*6 強姦発生率は確かに1998年をはさんで増加していますが、元々それ以前から高い水準にあります(1995年は19.3, 2000年は22.8(単位は件/人口10万人))。*7

もちろん、時系列データの比較の際はポルノ規制以外の要因の変化を考慮する必要がありますし、前節で説明した統計値に影響を与える要因の変化も考慮する必要はあるので、これをもって因果関係を云々するのは早計です。とりあえずわかるのは「児童ポルノ規制をした国では、軒並み強姦事件が増えている」という強い主張は怪しいということです。

問題設定の問題

そもそも、統計の解釈以前に ? さんの「ポルノが「抑止力」なのか「誘発力」なのか」という問題設定はおかしくないですか? 論理的にはそのどちらでもある、あるいはそのどちらでもない、という可能性だってあるのです。

「誘発力」がなさそうだというのはすでに知られています。暴力的メディアが子供の暴力性に影響を与えるかどうかという研究は何十年も繰り替えされてきましたが、そのような「誘発力」は概ね否定されています。性的メディアの影響についての研究は暴力的メディアの研究に比べてまだまだ厚みが足りないようですが、やはり結論は概ね否定的なようです。*8

しかし「誘発力」がないなら「抑止力」はあるんだ、ということにはなりません。むしろ、メディアの影響力が限定的なら「抑止力」だってないと考えるのが自然です。松文館裁判 意見証人意見書 - MIYADAI.com Blog宮台真司は日本の社会の都市化・情報化と性行動・性犯罪の低下の相関関係を元に性的メディアが「抑止力」になる可能性を示唆していますが(代理満足説)、相関関係が因果関係を表す根拠は不十分です(だから「可能性」としか言っていない)。

ぶっちゃけた話をすれば、メディア規制に警戒する立場ならメディアの影響力は少ないほうがいいんです。犯罪抑止力とか言うと良い影響のように見えますが、同じ理屈で「エロゲーは行動力を奪う! 少子化の原因だ!」なんて主張だってできてしまうのですから。そのへんを踏まえるとむやみに代理満足説に飛びつくのもどうかと思います。

まとめ

  • 統計が何を数えていて何を数えてないのか把握しよう
  • 数えているものが違えば比較できません
  • 相関関係はかならずしも因果関係ではありません
  • 複数の仮説は全部正しいことも全部間違っていることもありえます
  • その仮説を突き詰めると何を意味するのか把握しよう
  • 都合のいい説にむやみに飛びつくと墓穴を掘ります


*1:参照:外務省: 国連薬物犯罪事務所(UNODC:United Nations Office on Drugs and Crime)

*2:スウェーデンをディスるコピペに対する疑問。 - 荻上式BLOGで引用されていたのと同じ文。

*3:前節では犯罪の結果の測定に影響を与える要因の差を問題にしていたのに対して、ここでは犯罪の原因に影響を与える要因の差を問題にしていることに注意。これらは重なる部分もあるが別々の問題である。

*4:参照:諸外国における実在しない児童を描写した漫画等のポルノに対する法規制の例 p53

*5:参照:Sexual Assault in Canada 2004 and 2007 p9

*6:参照:崎山伸夫のBlog - 日本ユニセフ協会の言い分に突っ込んでみよう

*7:参照:European Sourcebook of Crime and Criminal Justice Statistics - 2003 p39

*8:参照:松文館裁判 意見証人意見書 - MIYADAI.com Blog