梅田望夫に社会運動を語るなとガツンと申し上げたい

# タイトルは釣り、、、かも。

梅田望夫氏とひがやすを氏がモメている。

ひが氏は梅田氏が「日本にオープンソースを育む土壌がない」と言っているとしているが、これは誤読だろう。梅田氏の主張は、「オープンソース」に象徴されるような前向きな協力関係が(ソフトウェアやサブカルチャー領域を除いて)日本では根付いていない、というもの。梅田氏はオープンソースの「応用」について語っていてオープンソースそのものについては何も語っていません。

もっとも、梅田氏が考える「オープンソース」というのはソフトウェア開発者が考える(つまり本来の)オープンソースの本質とはズレていると思う。そのズレ故に「応用」というのが理解不明意味不明というか、的外れな表現になっていると思う。特に「政治とか社会変化がテーマ」になる応用というのがよくわからない。

政治とか社会変化がテーマとなると特に、陰湿な誹謗・中傷など「揚げ足取り」のような側面の方が前に出てきていて、ウェブのポジティブな可能性──何か知的資産が生まれそうな萌芽がネット上に公開されると、そうしたことに強い情熱を持った「志向性の共同体」が自然発生して、そこに「集合知ウィズダム・オブ・クラウズ)」が働き、有志がオープンに協力してある素晴らしい達成をなし遂げるといった公的な貢献──を育む土壌がありません。
イノベーションはなぜ起きたか(上) 「指さない将棋ファン」がとらえた現代将棋の「もっとすごい」可能性著者インタビュー 梅田望夫氏 JBpress(日本ビジネスプレス)

本来オープンソースの「オープン」はコードの複製・改変の権利が万人に開かれていることを意味するのだが、梅田氏の考える「オープン」はおそらく心の問題、つまりオープンマインドという意味のように思われる。

オープンソースソフトウェア(OSS)コミュニティがオープンマインドかと言えばそうとは限らないのだが、成長過程にあるコミュニティは比較的前向きというのはあるかもしれない。その点社会運動に関わるような議論は何かと紛糾しがちだ。なぜそんな違いが出てくるのだろう? *1

OSSでは他人の足を引っ張ることのメリットが相対的に小さい。コードはオープンなんだから他人の足を引っ張る暇があれば自分が手を動かしてコードを書けばいい。コードは手を動かせば動かしただけダイレクトに価値が増すのだ。*2 それだけで自分にはメリットがあるし、動くコードほど説得力のあるものはない。それでも説得できなかったらプロジェクトをフォーク*3してもいいのだ。

社会運動ではどうだろう? ソフトウェアならコードが動けばそれでいいが、社会運動では他人が動かなくては意味がない。参加者の一人一人の成果の蓄積が即機能するコードと違い、社会のシステムは赤の他人が動き続けないと機能しない。この分野ではアイデアの蓄積から生まれた「知的資産」は、それだけでは絵に描いた餅でしかない。*4

つまり社会運動が意味を持つためには必然的に他人の人生を巻き込まないといけない。そもそも社会運動の目標自体が他人の人生を変えることなのだ。作るのも自己責任、使うのも自己責任のOSSとはそこが違うし、社会がフォークしたらそれこそ大事だ。

また(知的所有権の制約さえなければ)無限のフロンティアが広がるソフトウェアの世界とは違って、社会は今既にここにあり様々な利害関係が交錯している。何かを変えれば誰かが損をする。だからこそ軽々しいアイデアは相手にされない。無視できないような影響力のある人がそれを言うのなら叩かれるしかない。

ちなみ社会運動としてのOSSに対しては産業界からの攻撃が絶えなかったし、OSSコミュニティ側の反応にも激烈なものがあった(今まさに梅田氏が味わっている通りだ)。前者は MicrosoftFUD なんかを思い出して欲しいし、後者は slashdot の AC たちの書き込みでも思い出してもらいたい。

また、OSSの中でだって「陰湿な誹謗・中傷など「揚げ足取り」のような側面」はある。プロジェクトが大きくなれば様々な人たちの利害関係が交錯するし、Linux kernel みたいに社会のインフラレベルのソフトウェアともなればプロジェクトの方向性がどうなるかはほとんど社会問題だから、和気藹々とポジティブにオープンマインドで、なんてわけにはいかない。*5

そんなわけで、社会にオープンな気風があってオープンソースが発展するわけではなく、オープンなソフトウェアというものの性質がオープンな協力を促進するのであって、単純にそれを社会運動に応用するなどということは、どういう理屈でそんなことが可能だと思っているのか僕には意味がわからなかった。


*1:梅田氏はこの点を「日本では」と限定しているが、そんなわけはないと思うので、そのあたりは軽やかにスルー。

*2:バグを作り込まない限りは…

*3:同じコードをベースにして別のプロジェクトを立ち上げること。

*4:逆に言えば絵に描いた餅が本当に動くのがソフトウェアの世界だ。そこがすごいところなのだ。

*5:参照:@IT 「Linux Kernel Watch」の執筆者(2008/6から)の小崎さんのコメント: http://twitter.com/kosaki55tea/status/2220668746