これ。
ぶっちゃけソースコードと言葉は違う。言葉は見た瞬間自動実行されるバイナリみたいなもの。
はてなブックマーク - 児童拳銃 .123 - rna のブックマーク / 2006年11月26日これは非常に鋭い指摘だと思う。というか、rnaさんと議論していてなかなか解けなかった謎が「見た瞬間」に氷解した感じ。
確かに私は、ネット上に書かれた言葉を「ソースコード」に近いものとしてとらえている。つまり、それが与える影響を読む人が管理できるものだと思っている。
人はネットの言葉から受ける影響を自己管理できるか?(アンカテ)
この記事を軸に議論があちこち飛び火しててそれこそ知らないうちに自動実行されてるみたいでなんだか面白かった。
ネットの「集合知」の可能性について essa さんは楽観論で僕は悲観論なんだけど、essa さんの楽観論の背後にはオープンソースとのアナロジーがあると思っていた。このアナロジーは僕自身もよく使うし(たとえば「ネットの言論と編集」)有効な面はあるのだけど、危うい面もある、という話をいずれ書こうと思っていたのだが、先走って脊髄ブクマでああいう形でコメントした次第。
「見た瞬間自動実行」というのは大脳生理学とか認知心理学である程度裏付けはある話で、言葉を見たり聞いたりした瞬間に、その言葉の意味の解釈あたりまでは自動的に実行されてしまうらしい、という研究があった、と思う、ていうか確かこれ学生時代にゼミで読んだ論文の脚注に書いてあった話で、今でも通用する知見なのかどうかよく知らないですが。認知心理学とかやってる人にフォローしてもらえるとありがたいです。
そこから先のこと、感情が動いたり心理的なリアクションがあったりというあたりは誰でも常に自動というわけでもなさそうだけど、意味を解釈してイメージするあたりまでで十分影響してしまう類の言葉というのはあって、その一つは essa さんが例に挙げた通りプライバシー情報・センシティブ情報のようなもので、「自動実行」と書いた時に特に念頭にあったのはこれ。他にも、具体的には人によって状況によって違ってくるけど、感情のフタを開けてしまう言葉というのはある。
さらに先のこと、行動としてのリアクションは、社会性を身につけた人ならそれなりにコントロールできるけれど、長い目で見ると、その人の世界観とか人間観に何らかの影響を残し、知らず知らずのうちに行動パターンにも影響を与えるだろう。「スルー」して影響を逃れたつもりでいても、「あるパターンの言葉に対してスルーする」という行動パターンが強化される、という形で影響されていることだってあるのだ。