原爆開発と科学者たち

TTさんのコメントへの返事を保留にしっぱなしの状態で先にお返事するのもどうかと思うのですが、なまえさんのコメントでゆるめに書いたところにツッコミが入ったのでとり急ぎお返事。

>原爆開発に参加した科学者たちも誇りを持ってやっていたわけです。

この言い方ですと、科学者たちが喜び勇んで原爆を開発し、投下した時の驚異的な力に歓喜を上げたかのように読み手は受け取りますね。

歴史修正主義は誰のせい? コメント欄

「喜び勇んで」までは事実ですよ。みんながみんなそうだったわけではないでしょうが、マンハッタン計画に参加したリチャード・ファインマンのエッセイにそのような記述があります。

たとえば機密保持のため計算の目的を告げられずに働いていたエンジニアにファインマンが、戦争に勝つために原爆を作るための計算をしているのだと告げたところ、エンジニアの士気は大いに高まり作業効率は10倍近く改善されたというのです。*1

ロスアラモスで仕事につかされたこの若者たちが、まずさせられたことといえば、IBMの機械にチンプンカンプンの数字を打ちこむことだった。しかもその数字が何を表しているのかを教える者は誰一人いなかったのだ。当然のことながら仕事は一向にはかどらない。そこで僕はまずこの若者たちにその仕事の意味を説明してやるべきだと主張した。その結果、オッペンハイマーがじきじきに保安係に談判に行き、やっとのことで許可がおりた。そこで僕はまずこの若者たちにその仕事の内容や目的について、ちょっとした講義をすることになった。さて話を聞き終わった若者たちは、すっかり興奮してしまった。「僕らの仕事の目的がわかったぞ。僕らは戦争に参加しているんだ!」というわけで、今までキーでたたいていたただの数字が、とたんに意味をもちはじめたのだ。圧力がかかればかかったで、それだけ余計なエネルギーが発揮される……という調子で仕事はどんどん進みはじめた。彼らはついに自分たちのやっている仕事の意味を把握したのだ。

結果は見ちがえるばかりの変わりようだった! 彼らは自発的に能率をもっと向上させる方法まで発明しはじめた。仕事の段取りは改善する、夜まで働く、しかも夜業の監督も何も要らない、という調子である。今や完全に仕事の意味をのみこんだこの若者たちは、僕らが使えるようなプログラムまでいくつか発明してくれた。

『ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)』 p217 (傍点部分は太字に置き換えた)

最初の原爆実験が成功した時、ただ一人を除いて大いに盛り上がったという記述もあります。

とにかく原爆実験のあと、ロスアラモスは沸きかえっていた。みんなパーティ、パーティで、あっちこっち駆けずりまわった。僕などはジープの端に座ってドラムをたたくという騒ぎだったが、ただ一人ボブ・ウィルソンだけが座ってふさぎこんでいたのを覚えている。

「何をふさいでいるんだい?」と僕がきくと、ボブは、

「僕らはとんでもないものを造っちまったんだ」と言った。

「だが君が始めたことだぜ。僕たちを引っぱりこんだのも君じゃないか。」

そのとき、僕をはじめみんなの心は、自分達が良い目的をもってこの仕事を始め、力を合わせて無我夢中で働いてきた、そしてそれがついに完成したのだ、という喜びでいっぱいだった。そしてその瞬間、考えることを忘れていたのだ。つまり考えるという機能がまったく停止してしまったのだ。ただ一人、ボブ・ウィルソンだけがこの瞬間にも、まだ考えることをやめなかったのである。

『ご冗談でしょう、ファインマンさん(上)』 p232-233 (傍点部分は太字に置き換えた)

原爆投下後については、ファインマンは虚無感に襲われ、オッペンハイマーは絶望したようですが、フォン・ノイマンは戦後も核の使用に肯定的で、ソ連が原爆を開発する前にソ連に投下するべきなどと物騒なことを言っています。*2

マンハッタン計画の関係者の動向を一人一人ちゃんと調べたわけではないので大雑把な印象ですが、原爆開発とそれを戦争で使用することについて参加者はおしなべて意欲的であった(実際に広島と長崎に投下されるまでは)、というのが僕の認識です。

*1:前任のリーダーがボンクラだったという要因もありますが。参照: 世界で初めて解雇されたプログラマ

*2:『囚人のジレンマ - フォン・ノイマンとゲームの理論』 p?? ←あとで調べます