先日の朝まで生テレビで日本では新興ITビジネスの芽が出ないという文脈で「アメリカでは YouTube はセーフで、日本では Winny はアウト、それが問題」というような話が出たらしい。
番組は見ていなくて発言や文脈の詳細はわからないのだが、ネットに書き込まれた視聴者の感想などを見ていると、YouTube がセーフで Winny がアウトなのはおかしい(故にこれは制度や国民性の問題なのだ)と思っている人が少なからず存在するようだ。
単に Winny がアウトなのはおかしい、という意見なら様々な論点がありうるので一概に否定はできない。しかし、YouTube の扱いと比較しておかしいというのは、YouTube ではセーフの部分が Winny の同等または類似の部分においてはアウトとされた、と認識しているということであり、その認識は間違っていると思う。むしろ YouTube にはあって(またはなくて)、Winny にはない(またはある)部分こそが明暗を分けたと考えられるからだ。
その違いは大きく分けて以下の三つ。
- Winny は一度流通した違法コンテンツの削除がほぼ不可能
- Winny は違法コンテンツの放流を自制しにくい仕組みになっている
- Winny は権利侵害の防止策についての交渉が困難あるいは交渉する意味がない
Winny はネットワークが自律的に持続し、ユーザが望むコンテンツが流通し続けるように強く方向付けられたアーキテクチャになっている。この事が一度権利侵害が起きたとき被害の回復と拡大防止を極めて困難にしている。
一方で YouTube は運営者がコンテンツの流通をコントロールできるアーキテクチャを採用している。被害者の申告に従い削除(公開停止)できるし、ポルノ動画などは規約違反が明らかなので自主的に削除している。最悪の場合は廃業することで流通を止めることもできる。
このような話をすると、そもそも Web に流出したコンテンツは実際問題として完全には削除できないという反論がある。コピーを誰かが再アップして流通し続ける可能性はあるし、実際そういうこともある、Winny の削除不可能性も原理的には同じ事ではないか、というのだ。
しかし以下の点で Winny で起きる問題を Web の問題と同一視することはできない。
- 被害拡大の蓋然性の高さ
- 責任追及の困難さ
違法なコンテンツがダウンロードされること自体は Winny だろうと Web だろうと止められない。しかし Winny は、その止められないダウンロード行為とアップロード行為を不可分にしてしまっているため、再アップロードの可能性を飛躍的に高めている。
Winny に限らず P2P ファイル共有システムの多くが同じ問題を抱えてはいるが、Winny ではダウンロードしたファイルの共有解除が困難なため*1、アップロードを避けたいと思う利用者でもダウンロードを望む限りは違法なコンテンツの再送信に荷担してしまう。
また、ファイル送受信の中継が行われた場合も中継したコンテンツを保持して再送信可能な状態になるため、利用者がダウンロードした覚えのないコンテンツまで共有してしまう。
そしてこのことが責任追及を難しくしている。刑法では原則として罪を犯す意志がない行為は罰せられないし、民法でも故意や過失のない行為には損害賠償義務はない。Winny のように権利侵害発生を予見しにくく回避も困難なアーキテクチャでは一次放流者以外の利用者の責任を問うのは困難だろう。しかも誰が一次放流者なのかを特定するのは困難だ。
一方で Web へのアップロードは、通常はアップロードする人が自らの意志で行う行為であり責任の所在は明らかだ。また、アップローダーの運営者が違法コンテンツの存在を知りながら削除せず放置した場合は法的責任を問われるため、違法コンテンツの再送信に対しては一定の抑止力が働いている。
米国のデジタルミレニアム著作権法や日本のプロバイダ責任制限法では、権利侵害を知らない場合、あるいは権利侵害を知ってから速やかに削除すれば運営者は免責される。
YouTube がセーフなのは、その点で十分な努力をしているからだ。もちろん十分でないという主張もあり YouTube は現在も訴訟をいくつか抱えているが、YouTube 側の反論は免責されるに足る努力をしているというものだ。決してネットの自由を原理主義的に主張しているわけではない。一定の責任を負うことで一定の自由が認められるべきだと主張しているのだ。
一方で、Winny がセーフだという主張はそのようなものではない。そもそもサービスを運営しないプログラムの提供者にはサービス事業者に求められるような責任はないのだ、というものだ。大阪高裁の無罪判決では、違法行為に使用されることを知っているだけではプログラムの提供は幇助にならず、違法行為の用途にのみ使用させるよう勧めた場合に幇助になるとしている。
従って「YouTube がセーフで Winny がアウトなのはおかしい」というような比較には無理がある。単純に比較できないということもあるが、仮に Winny がサービスとして運営されていたならば違法コンテンツの存在を知っても削除できないようでは明らかにアウトだからだ。
敢えて上のフレーズを意味のあるものと解釈するならば、どちらも違法性を回避するための努力をしているのに… ということになるが、YouTube は一定の責任を負うことで免責され、Winny は誰も責任が取れないような状況をつくることで回避しているのだから、どちらが倫理的に問題が大きいかは明らかだ。
もちろん、いきなり刑事責任を問うことの是非については議論があるだろう。YouTube のように権利侵害を訴えつつも、合法化に向けて歩み寄るチャンスを潰してしまったのではないか、という疑問もありうる。
しかし、Winny では作者が匿名の個人でありビジネスを意図していないため、交渉を始める事自体困難だし、交渉が成り立つかどうか怪しい。そもそも自律分散型のネットワークである Winny は作者ですらコントロールできないので、作者が合法版 Winny を作ったところで、現在の Winny ネットワークによる被害拡大を止めることは困難だ。*2
そもそも、曲がりなりにも表のビジネスとして始まった YouTube と違って、Winny は出自からしてアンダーグラウンドであり、著作権法違反だけでなく猥褻物や児童ポルノや盗撮映像など、どうしようもないコンテンツが大量に流通している。仮に作者がネットワークをコントロール可能だったとしても、交渉相手としてはあまりに黒すぎるし、交渉し和解すること自体が倫理的に非難される可能性もある。
結局 Winny は YouTube の夢を見ることはできないのだ。
追記: ISP による Winny ユーザへの警告が始まる
P2Pのファイル共有ソフト「Winny」ユーザーに対し、著作権管理団体がISPを通じて啓発・警告メールを送付する作業が、3月1日から開始される。著作権管理団体とISPで構成されるCCIF(ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会)が定めたガイドラインに基づいで行われるもので、アップロード、ダウンロード、中継ダウンロードいずれも、著作権を侵害しているユーザーを対象にメール送付が実施される。
3月からWinny違法利用者に警告メール - 著作権団体らISPと協力 | ネット | マイコミジャーナル
最初にここからスタートしていれば、司法判断が微妙になりかねない Winny 作者の幇助罪による訴追などということをせずに済んだかもしれないのに、と思う一方、Winny の巧妙な責任回避的アーキテクチャが、ダウンロード違法化を待たずにこのような措置を実施することを困難にしたとも考えられ、なんとも言えない気分になった。
*1:別途外部ツールを入手しない限りキャッシュ全削除しか方法がない。しかしそれをやるとダウンロード途中のファイルも捨てることになってしまう。
*2:たとえば違法コンテンツのダウンロードは規制せずアップロードだけを規制し、それにダウンロード枠の拡大を抱き合わせたバージョンなら利用者に乗り換えてもらえるかもしれない。新バージョンが普及して違法コンテンツがダウンロードしにくくなる前に拡大したダウンロード枠で違法コンテンツをダウンロードしまくろう、というインセンティブが働くからだ。しかし一時的にせよ被害を拡大してしまうことを被害者が容認できるだろうか。著作権だけの問題なら権利者同士が合意して容認することは可能かもしれない。しかし現在 Winny ネットワークに流通している違法コンテンツには児童ポルノやわいせつ物、個人情報なども含まれるのだから、そのような合意と容認自体が倫理的に問題になりかねない。