「凶悪犯罪の増加」について

通りすがりですが 『10年前と比べ確実に凶悪犯罪は増えてますし、これからもっと増えるでしょうね。』
「安心について」コメント欄

「最近凶悪犯罪が増えた」というのはよく言われますが、一方で「いや実は増えてない」という話もあり、困惑している人もいるかと思いますが、「実は増えてない」説については以前紹介した浜井浩一・芹沢一也『犯罪不安社会』を参照していただけるとよいかと。*1浜井氏は犯罪統計の専門家で、統計から凶悪犯罪増加説を否定しています。

以前紹介した時は統計の話は具体的に紹介しなかったのでここで、、、って本がどっかに紛れ込んでしまったので、うろ覚えの記憶を頼りに厚生労働省の統計から自分で再現してみました。

浜井氏の議論は以下のようなものでした。

まず、警察発表の犯罪統計は警察の取り締まり方針など社会的な要因によるバイアスが強く、市民の「安全」に関わる実際の犯罪発生状況とは乖離しがちです(詳細は浜井氏の『犯罪統計入門』を参照)。

そこで比較的安全な指標として厚生労働省の人口動態調査の死因別死亡率の統計から他殺による死亡率を利用します。この統計のよいところは、日本みたいな国では人が死んだらほぼ確実に把握されるので暗数が少ないこと、傷害致死か殺人かみたいな犯罪のカテゴリーの曖昧さによる統計値のブレがないことなどです。*2

さて、実際にこの統計を調べてみましょう。厚生労働省統計表データベースシステムから人口動態調査の一覧を見ると平成9年から平成17年までの統計があります。

「他殺」というのは人口動態調査の「死因簡単分類」の中の分類項目の一つです。大雑把に言うと死因には病気と外因の二種類があり、「他殺」は外因に含まれます。外因にはその他「不慮の事故」「自殺」「その他の外因」があります。

「他殺」は死因別の年次推移の表には載らない*3ので、年度毎の統計の死因別の表(たとえば「下巻 死亡 第2表 死亡数,性・年齢(5歳階級)・死因(死因簡単分類)別」)から死亡数を抜き出して集計します。参考までに全死因の総数と外因の他の項目も集計してみました。

不慮の事故 自殺 他殺 その他の外因 総数 総人口
平成9年 38,886 23,494 718 2,439 913,402 124,963,000
平成10年 38,925 31,755 808 2,862 936,484 125,252,000
平成11年 40,079 31,413 788 2,962 982,031 125,432,000
平成12年 39,484 30,251 768 3,302 961,653 125,612,633
平成13年 39,496 29,375 732 3,528 970,331 125,908,000
平成14年 38,643 29,949 730 4,005 982,379 126,008,000
平成15年 38,714 32,109 705 4,110 1,014,951 126,139,000
平成16年 38,193 30,247 655 4,330 1,028,602 126,176,000
平成17年 39,863 30,553 600 4,364 1,083,796 126,204,902

総人口は「上巻 付録 表1 年次・性別人口」から。

この表から人口10万人あたりの死亡率を計算してグラフにするとこうです。

外因による死亡率(人口10万人あたり)

他殺だけを見るとこうです。

他殺による死亡率(人口10万人あたり)

横這いもしくは微減というところでしょうか。

しかし自殺多いですね。他殺の40倍くらいあります。他人を怖がる前に自分を怖がれと言いたくなります。

あと、人は圧倒的に病気で死ぬということも忘れないでください。

死因別死亡率(人口10万人あたり)

「その他の外因」について

上のグラフで「他殺」が増えていないというのははっきりしているのですが、「その他の外因」がじりじり増えているのは気になります。平成17年は平成9年の80%増です。

「その他の外因」の内容は「10 死因基本分類表」を見るとわかります。「4 死因簡単分類と死因基本分類との対照表」によると死因基本分類表の Y10からY89までが「その他の外因」に対応します。Y10-Y89 は「不慮か故意か決定されない事件」「法的介入及び戦争行為」「内科的及び外科的ケアの合併症」「傷病及び死亡の外因の続発・後遺症」に分類される各項目です。

このうち「法的介入及び戦争行為」は警官に撃たれたり死刑にされたり戦争で殺されたりというもので、「内科的及び外科的ケアの合併症」は医療事故等で、普通の犯罪被害とは関係ありません。一方、「不慮か故意か決定されない事件」(Y10-34)は自殺か事故か他殺か不明ということで他殺による死亡が含まれている可能性がありますし、「傷病及び死亡の外因の続発・後遺症」には加害による傷害の後遺症による死亡が含まれうる項目(Y87.1,Y87.2,Y89.9)があります。平成17年の「3C 下巻 死亡  第1表−2 死亡数,性・死因(外因・死因基本分類)別」では前者が 2283 人、後者が 1 人。

内訳別の推移を見ようと思ったのですが、とりあえず平成9年と比較すると死亡率が約60%増ですから、医療事故や事故の後遺症が増えただけというわけではなさそう。とはいえ特に増えているのは上から順に薬物中毒系(140%増)、焼死系(98%増)、溺死系(77%増)、縊首・絞首系(49%増)、なので自殺が増えた分の影響じゃないかと思います。*4 でも死因が全く不明のものも47%増(実数で118人)で微妙。

追記: 殺人だけでわかるのか?

(広義の)殺人が増えてないなら凶悪犯罪(強盗、強姦等が含まれます)全体も増えてないと言えるかどうかというと微妙。人殺しというのは心理的にも社会的にも難しい作業なので、衝動的な暴力で死なせてしてしまうか、悪人が念入りに計画してやるか、が多いと言われます。だとすると一般的な意味での治安の悪化が殺人の増加としてストレートに反映されるのかどうか若干疑問はあります。

とはいえ、「犯罪不安」のうち命の危険を感じるという部分が一番大きいとは思うので*5これはこれで重要なのは確かだと思います。

追記2

この手のグラフ作ったりするのはどっかで散々やられてるとは思うんだけど、自分でやるってのがやっぱり楽しいのでやってみました。暇つぶしになるし、人はいろんな死に方をするのだなぁ*6と物思いにふけったりとか、色々想像したりするのも楽しいですよ! 幼稚園や学校でやってみてね! *7

追記3

  • グラフに計算ミスがあったので修正(2007-05-20 0:58)。
  • 表の「総人口」の数値が一部間違っていた(日記にコピペする時のミス)ので修正(2007-05-20 15:47)。


*1:ちなみにこの本は後半で芹沢氏が宮台真司を厳しく批判しています。部屋と心の整理がついたら紹介してみます。

*2:死因の判定にはブレがありえますが(自殺か他殺か等)これは犯罪統計でも一緒。

*3:理由はよくわからなかった。ここで使われる死因年次推移分類表は「年次ごとの死因の動向を観察することを主目的とした分類表であり、明治32年以降の主要な死因の動向を踏まえ、ICD-9の主要死因について一部見直しを行った」もの(平成17年 人口動態調査 2 死因分類の解説(続き))。

*4:このナントカ系というのは僕が勝手にまとめた分類。縊首・絞首は最初から一つ(Y20)で、統計にはさらに10個の項目に細分された表が出ているがその意味はICD-10コードの解説本を見ないとわからなさそう。

*5:女性を除けば、ということになるのかもしれないけど。

*6:「無理ながんばり及び激しい運動又は反復性の運動」というのが個人的にはツボった。

*7:©リーマン(YO!キッズ)